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【アラベスク】  第12章 マジカル王子様



第2節 権力の天秤 [4]




 必死に言い張る緩に、二年生は冷たい視線で答える。
「しばらくは、副会長室への出入りを禁じます。処遇については、改めて伝えますのでそのつもりで」
 そう言われてしばらく経つが、副会長室からは何の連絡もない。
「緩さん」
 傍らで、少女が少し不安そうな視線を向けてくる。緩の得た生徒会という後ろ盾を信じて親衛隊もどきを演じてきた少女だ。学校にいる時にはいつだって緩に付き従ってきた。緩が生徒会の役職に付き、唐渓の権力の中心に位置するのを信じて付いてきた。まさか副会長にはなれないだろうが、生徒会の役職が得られればそれなりの権力者だ。
 緩が副会長室から突き放されれば、この少女だってきっと緩から離れていくだろう。
「大丈夫よ」
 できるだけ冷静を装って答え、なんとか椅子に腰をおろす。
 そうだ、大丈夫だ。今まで必死になって権力に媚を売ってきたのだ。義兄の口汚い態度にもメゲなかった。今ここで、その努力を無駄にしてしまうわけにはいかない。
 緩はグッと拳を握り締めた。





「悪かったな、金本」
 近寄ってくる同級生に、聡は軽く手をあげる。
「気にするな、どうせ暇を持て余していたんだ」
 言いながら、抱えていた本の山を机の上にドサリと乗せる。
「重かっただろ?」
 置かれた本のてっぺんをポンと叩き、男子生徒は苦笑い。
「まぁな」
 聡は首を回して一呼吸置くと、グルリと辺りを見渡した。
 教室のあちこちに、同じような本の山ができている。
「これ、お前一人で運ぶつもりだったのか?」
「まぁな」
 言われて男子生徒も首を回す。
 十一月なのに、二人とも首元にはジットリと汗。開け放たれた窓からの風を心地よく感じてしまう。
「ありがとう。あとは先輩たちが仕分けして片付けるらしいから」
「で? お前にこんな仕事を押し付けた張本人たちは、どこへ行ったんだ?」
 その言葉に、男子生徒は肩を竦めた。
「昼休みなんだから、メシ食いに行ってるんだろ?」
「っんにしたって、全員が全員、教室からいなくなるワケないだろ?」
「天気がいいからって、女子の先輩は外に出たらしい。男子の先輩たちは生徒会室」
「生徒会室?」
「あぁ、唐渓祭で売れた宝石の代金の分配について話し合うとかって」
「宝石販売する学園祭なんて、初めて見たよ。よく盗難されないな。それにさ、唐渓祭が終わってからけっこう日が経つぜ。今頃代金の分配かよ。のんびりしてんな」
「後払いで買っていった人や、資料とかカタログ見てオーダーして、代金だけ払っていった人もいるらしいんだ。計算が面倒くさいんだってさ」
「VIP専用の宝石商みたいだな」
「実際、いるらしいよ。宝石商の息子が」
「っんで、宝石に関する資料運びは下級生に押し付けかよ。ったく」
 聡は二人っきりの教室で床を蹴る。
「だいたいさ、お前は関係ないはずだろ? なんだって他クラスの、しかも三年の唐渓祭の後片付けの手伝いなんかさせられてんだよ?」
「仕方ないさ」
 弱々しく答え、男子生徒は視線を窓へ向ける。そうして、まるで入り込んでくる風に導かれるかのように、窓辺へ近寄った。
「生徒会長の指示だからな。あ、今はもう引退したんだっけ」
「だからさ、なんだってその元生徒会長はお前なんかにやらせるんだ?」
「怒らせちゃったからね」
 窓から見上げる空は、確かに快晴だ。こんな空の下で食事をしたら、さぞかし気持ちがいいだろう。
 並ぶようにして聡も窓から空を見上げる。
「怒らせた?」
「あぁ」
 そこで少年は言葉を切り、フッと息を吐いた。
「この間さ、雨が降った時に俺、先輩の一人に水かけちゃってさ」
 言いながら笑う。
「水?」
「そう、俺さ、自転車通学なんだ。自転車で帰ろうとしてタイヤで水跳ねちゃってさ。先輩のズボンとか濡らしちゃったんだよね」
「生徒会長に?」
「いや、違う先輩だけど」
「それで腹いせにってヤツ? ひっでぇな」
「仕方ないよ。俺が悪いんだし」
「でもさ、雨降ってたんだし、いくら水跳ねたからって、こんな事させることないだろ?」
 振り返る。机の上に山積みにされた分厚い資料の数々。一人で運んでいたら、昼休みのうちには終わらなかっただろう。
 本を抱えてふらつきながら廊下を歩いているところに、たまたま聡が出くわした。手伝いを申し出る言葉を最初は断った同級生だが、最終的には聡の好意を受け取った。
「しかもさ、それで生徒会長のお出まし? そんなのアリ?」
「水かけちゃった先輩と同じクラスだったんだ。仲もいいって聞いたし、それに、俺の親は平の国家公務員だしね。太刀打ちできないよ。まぁ 運が悪かったんだな」
 そう言って、大きくため息をついて聡を見やる。
「気にするなよ。これを運べば許してくれるって言ってるんだ」
 だが聡は納得できない。
「生徒会長に、親かよ」
 はき捨てるように呟く。
「考えただけでヘドが出るな」
「知らずに転入してきたっとところが驚きだね」
「こんな学校だと知っていたら、転入なんてしなかったよ」
「じゃあなんで唐渓に入ったんだ?」
「それは―――」
 緩に挑発されて、などとは口が裂けても言えない。
「まぁ 家庭の事情ってヤツだ」
「へぇ」
 特に気にもせず聞き流す相手。聡はその姿に口を開いた。
「なぁ」
 聡の声に少年は首を捻る。
「お前はさ、なんで唐渓になんか入ったんだよ?」
 口にした途端、なぜだが聡の胸の内に、言いようのない不快感が湧き上がった。
「お前は唐渓がこんな学校だって、知ってたんだろ?」
「ここまで過激だとは思ってなかった」
「過激でなくとも、十分問題だよ」
「中学はこれほどではなかったんだよ」
「中学から唐渓かよ」
 水を掛けたというだけでこのような粗雑な扱いを受け、それでも運が悪かったの言葉で済ましてしまう。そんな同級生の態度が、聡には納得できない。
 なぜ、もっと怒らない?
「これからだって、こんな事がまた起こるかもしれないんだぜ? 他に同じような事されてるヤツだっているんだろ? なぁ、田岡(たおか)、お前さ、こんな学校辞めちまえばいいのに」
「簡単に辞めるなんて言うなよ。これでも苦労して入ったんだぜ」







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